US2015報告集_12

第3回海外学習のレポート 1年 S.Y さんのレポート

参加者から提出された報告レポートです。個人名や写真の表現・配置等にオリジナルとは異なる点はご容赦ください。皆さんのレポートは下の略名をクリックして頂くとご覧いただけます。
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行くことが決まってから、事前学習や買ったガイドブックなどを見て気分を徐々に高めていき、いざ出発!

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セントレアで出発式を終え、親と別れ出国し、デルタ630便に乗りました。機内では主にアメリカでの旅に備えて寝ていましたが、目が覚めたら映画を見たりして快適な空の旅を送ることができました。飛行機は無事デトおロイトに付き入国審査をして、次はそこからワシントンに向かいます。そこで驚いたのが、ターミナル内を移動するのに端から端をつなぐモノレールが走っていたことです!本当に大きな空港でびっくりしました。空港のマックでもジュースの大きさに驚きました。そんなこんなで一時間後、ワシントンに向けてまた出発しました。

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ワシントンに着き最初に感じたのは、やっぱり日本より寒いことです。日本はもう暖かく来ているのに対し、こっちはまだ冬でした。そして着いたときの時間は、日本では夜中ぐらいだから、いくら機内で寝ていたといってもかなり眠かったです。その日はさっそく、自分が楽しみにしていたウドバーハジーセンターでの観光がありました。眠気は一気に吹っ飛び、観光を楽しみました。原爆を投下したエノラゲイが置いてありました。周りの飛行機より大きく、ひときわ目立っていました。日本ではあまり見ない飛行機のシミュレーターがあり、仲間と二人で楽しみました。

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硫黄島記念碑を見た後夕食へ向かいました。夕食はワシントン名物のクラブケーキを食べました。スープにすでに肉がごろごろ入っていて肉好きの自分にはたまらなかったけど、日本にはないなと思いました。メインのクラブケーキは日本で味わったことのないような味で、量が多かったので食べごたえあり、とてもおいしかったです。デザートのチーズケーキは、ものすごくチーズが濃厚で、甘く、アメリカに来た実感がわきました。

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二日目はリンカーン像やホワイトハウス、連邦議事堂などのアメリカの政治の中心部を見ました。そこはテレビのニュースでよく見るようなところばかりで目の当たりにして感慨深かったです。リンカーンメモリアルにはマーティン・ルーサー・キングが”I have a dream!”で有名なスピーチをした場所にその文字が彫られていて、ここに二十万人を超える聴衆とキング牧師がいたと思うと不思議な感覚がしました。

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近くには、朝鮮戦争戦没者慰霊碑や、ベトナム戦争戦没者慰霊碑もあった。朝鮮戦争戦没者慰霊碑には19体の兵士の像と50メートルの石碑があり、石碑に反射した兵士の像を合わせると38体になる。この38という数字は韓国と北朝鮮の停戦ラインの38度線を意味していると聞き、奥が深いなと思った。

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アーリントン国立墓地はとても重々しいところだった。すごく広く、戦没者の墓であるため、すべての墓石が整列しているかのように並んでいました。

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連邦議事堂はちょうど65年に1度の工事が行われていました。また、テレビでよく見る側は裏側と知り驚きました。

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航空宇宙博物館本館には、ライト兄弟1903フライヤーが置いてあり、とても簡単な作りで驚いきました。ゼロ戦も置いてあり、WWⅡの時に連合国にかなり恐れられていたらしい。プロペラの後ろに機関銃があり、銃弾がプロペラに当たらないように作られていて、日本の当時の技術力に驚きました。ユニオン駅は日本ではありえない広さの駅だった。荷物を受け取る空港のようなところがあり、便利だなと思いました。

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三日目はまずワシントン記念塔に行きました。この日は晴天で白い記念塔が映えて見えました。そのあとは、スミソニアン博物館群の本部である、スミソニアン協会に行きスミソニアンの歴史について学びました。

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多額の財産がありながらも独身のスミソンは「私の財産は、アメリカ国民の知識のために使ってほしい」という遺言を残したため、政府は彼の意思を尊重し、博物館の建造、運営に使うことを決定しました。そのような歴史があるため、スミソニアン博物館は今も国営であり、入館料が無料であり、今やアメリカ国民だけではなく、全世界の人類の知識のための博物館になっていることを知り、そんなスミソンを尊敬しました。

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そのあとは、自然史博物館に行きました。館内はとても広く、とても疲れました。入ってすぐの、アフリカゾウの剥製の迫力に圧倒されました。そこでは、サソリが入った飴をお土産に買いました。ナショナルギャラリーも広かったです。一枚一枚見ていたら、とてもまわりきれないぐらい、とにかく広かったです。そこでは、絵画がどのように変化していったかを現地ガイドさんがわかりやすく教えてくださり、とても面白かったです。ペンタゴンシティーに最後に行きました。日本でいうイオンみたいな感じで、観光客より、現地に住んでいる人のほうが多かったです。そこでは、晩御飯が凄まじいボリュームで食べきれなかったけれど、とてもおいしかったです。この日は本当にアメリカのスケールの大きさに圧倒される日でした。

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4日目は移動日でした。ワシントンの空港の検査は日本より厳しいなと改めて実感しました。そして、いよいよ憧れのニューヨーク到着!ニューヨークはワシントンに比べ、寒く感じました。ついてすぐ、ヤンキースタジアムに行き買い物をしました。まだシーズンじゃなかったため、人はあまりいなかったです。

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そのあと、高級なオーガニックのものを取り扱っているスーパーマーケトに行きました。そこで昼ご飯を買った後、ウォータータクシーというイエローキャブをまねた船に乗り、自由の女神を見ました。ポイントにつくまで、マンハッタンの街を見て、とてもテンションが上がりました。

 

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9.11メモリアルにも行きました。テロの悲惨さを伝えていて、とても重々しく決して許してはいけないことだなと思いました。跡地は今、巨大なプールになっていて、周りには犠牲者の名前が彫られていました。

 

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夕食は鉄板焼きに行きました。お肉は自分好みの脂身の少なく、うまみがあっておいしかったけど、アメリカ人の中の日本食のイメージはちょっとずれているかなと思いました。

 

 

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五日目はまず、国連本部に行きました。ガイドツアーはすべて英語で聞き取るのがちょっと難しかったけれど、フレーズをちょこちょこ聞き取りながら頑張りました。総会を行うところにも入れました。教科書で見た時のイメージより広く、すごいところに来たなと思いました。

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そのあとは、メトロポリタン美術館に行きました。見たかった、フェルメールの絵を見ることができて、とてもよかったです。光の描き方がきれいで次絵を描くときに活かしたいなと思いました。

 

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夜は、フリータイムで夕食をとったり、お土産を買ったりした後、ミュージカルのライオンキングを見ました。迫力のある舞台装置や、自分よりも小さい子供の迫真の演技に圧倒されました。ただ、難しい英語が多く、時々、なんで今笑いが起きたのだろう?となるときがあり、英語をもっと勉強してから、もう一回見に来ようと思いました。

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六日目はチェルシーマーケットに行きました。おいしそうな店が軒を連ねていてとても楽しかったです。そのあと、MoMAに行きました。ここは近代美術なので、とてもユニークな作品ばかり置いてありました。中には、真っ白の絵もあって、衝撃を受けました。午後は、イントレピッド海洋航空宇宙博物館に行きました。空母の大きさに驚きました。また、いろいろな戦闘機があり、種類の多さにも驚きました。

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夜は、トップオブザロックから夜景観賞しました。とてもきれいで、感動しました。あと、もう一時間いたいぐらいでした。降りてから念願のシェイクシャックのハンバーガーを食べました。肉がジューシーで、ボリューミーでとてもおいしかったです。実はアメリカで食べたハンバーガーはこれで5個でした。

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七日目はとうとう帰国日。帰る前にセントラルパークで散歩をしました。リードをつけずに犬と散歩するおしゃれなニューヨーカーを見るたびに帰りたくなくなりました。飛行機では行きに見られなかった映画を見たりして帰りました。成田に着いてから、エスカレーターでみんな左側に寄っているのを見て、帰ってきたのだなーとつくづく実感しました。

アメリカでの経験と刺激は自分の物事に対しての視野が広くなりました。この経験と刺激をこれからの人生に活かしていきます。また、英語をはなせるようになる前に、英語でいかに言いたいことを伝えようとコミュニケーションをとることが重要であるということがわかりました。本当に今回は自分の人生において、プラスになりました。このような貴重な体験をさせてもらった瑞陵助成基金のみなさま、学校での計画から、現地でサポート、ガイドをしてくれた有馬さん、本当にありがとうございました。