第1回海外学習の個人レポート 2US2013 2年 I.K さん
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国立スミソニアン博物館&メトロポリタン博物館見学の旅
・初日
この日は10時間を越えるフライトを経てデトロイト空港へ、そこからワシントンD.C.のダラス空港へ向かった。これから実際にアメリカに行くという実感と、家族や先生方、様々な人への感謝の思いが改めて湧いた。映画を見たり、寝たりしていたが、長時間機内で座っているのは想像以上に大変で苦労した。
デトロイト空港に到着してから、乗継まで時間があったので空港内を散策した。まずはじめての買い物をそこでした。飲み物を買おうとして現地では、「緑茶」は「green tea」、「紅茶」が「black tea」なのだが、わからなくて結局アメリカまで来て緑茶を買ってしまった。ともあれ、何とか買い物ができてほっとした。
そこからダラス空港へ行き、バイキング形式のシーフードレストランへ向かった。アメリカではじめての食事なので楽しみにしていたが…特にザリガニはとても印象に残っている。その後、ホテルへ行きこの日は終了。宿泊したヒルトンホテルは美しい景色を一望でき、室内も非常に広く綺麗で過ごしやすかった。ホテルからスミソニアン国立動物園までは1.6キロ、地下鉄レッド線のデュポン・サークル駅までは4ブロックという地理的な環境も素晴らしいと感じた。
二日目以降から本格的にこの旅が始まっていくが、初日から本当に楽しみだった。
・二日目
起床してまずは朝食だ。ホテルの朝食はバイキング形式で非常に美味しかった。パリパリに焼かれたベーコンなど、アメリカならではの食事も楽しめた。しかし全体的に脂っこいので、慣れない日本人には少し大変だった。
この日はアーリントン国立墓地、リンカーン記念館、ウドバー・ハジー・センターで研修をし、その他さまざまな場所を観覧した。
まずはアーリントン国立墓地だ。ここはホテルとは別の州(バージニア州)にあり、バスで移動した。ここは約30万の墓地がある戦没者慰霊施設だ。主な埋葬者は第一次世界大戦や第二次世界大戦、ベトナム戦争などでの戦死者で、ケネディ元大統領もここに眠っている。ケネディ大領領の墓の近くには「…国が自分のために何ができるかを尋ね給うな。自らが、国のために何ができるかを尋ね給え。世界の同胞市民たちよ、アメリカが自分たちに何ができるかを尋ね給うな。共に、人類の自由のために何ができるか尋ねようではないか…」といった内容の大統領就任演説の一節が書かれていた。こういった内容の演説をするのはアメリカ人ならではだと感じた。自分が一体何をすることができるのか、考えさせられた。
墓標は国から支給されるもので、希望してお金を出せば大きいものにもできるそうだ。こんなに多くの人が亡くなったなんて想像ができなかった。墓標と自然と道だけがある殺風景な景色からなんともいえない雰囲気を感じた。
そこから少し街を抜けたところに、海兵隊戦争記念碑(日本では硫黄島記念碑)があり記念撮影をした。これはアメリカ海兵隊の戦没者を追悼する記念碑で、その大きさに圧倒された。映画「硫黄島からの手紙」は見たことはないのだが、興味が湧いたので、時間があれば色々と調べてみたいと思った。
次に向かったのはリンカーン記念館だ。内部には巨大なリンカーン大統領の座像があり、壁には彼がゲティスバーグ演説で読んだ文が彫られており、「人民の人民による人民のための政治」という言葉はあまりにも有名だ。100年以上も前の戦争が続く中で民主主義を訴えかけるということが本当に凄いと感じた。
また当時ここは様々な演説の舞台となっていて、キング牧師もここで演説をし、「I HAVE A DREAM」の彫刻が地面にされていた。彼の特徴は非暴力主義だったところだ。リンカーン大統領による奴隷解放宣言のあと無くならなかった人種差別に立ち上がったのだ。しかし今でも、人種を含めた様々な差別といった行為は完全にはなくなっていない。本当に悲しいことだと思う。僕も実際に見て、日本で初めて詳しいことを知ったので、こういったことを細かく知っている人は高校生で意外に少ないのではないだろうか。この場所は実際に見て非常に良かった。
次はウドバー・ハジー・センターだ。ここは国立宇宙博物館の別館で、ウドバー・ハジーというのは、この建物を建てるのに寄付をしたハンガリー出身の方だそうだ。
ここで僕が一番見たかったのは「エノラ・ゲイ」だ。広島に原子爆弾「リトルボーイ」を投下したとして有名だ。高校二年生の時の修学旅行で実際に広島へ行き、原爆について学んでいたので興味があった。現地で初めて知ったことは、機体が特殊作戦機と悟られないように態とマークを通常爆撃機のものにしたということだ。具体的には「丸に前向きの矢印」を、通常爆撃部隊である第六爆撃体のマークである「丸にR」に書き換えたらしい。また配属当初、ビクターナンバーは12だったが、これも特殊作戦機と悟られないように第六爆撃体の82へ変更したらしい。
この他にもさまざまな戦闘機、偵察機などの展示がされており興味が湧いた。中には第二次世界大戦で使用された「Aichi」という名前の戦闘機などもあって、非常に面白かった。宇宙船の展示もされていて英文は少ししか読めなかったが勉強になったと感じた。
その他、バスからの車窓や降りて記念撮影をするなどして国会議事堂など様々なところを見れた。昼ごはんは本場のマクドナルドでボリューム満点だったのを覚えている。夕食はマックが響いてシェイクだけしか食べられなかった。アメリカでは毎日外食はなかなか厳しいと感じた。
・三日目
二日目同様、朝食を食べた後、フォード劇場、国立自然史博物館、ナショナルギャラリー、国立航空博物館、ファッションセンターアットペンタゴンシティへ行った。
まずフォード劇場だが、ここはリンカーン大統領が暗殺された場所だ。銃で撃たれた後向かいの家のピーターセンハウスに運ばれ、間もなくしてそこで亡くなったそうだ。いきなり瀕死の大統領が運ばれてくるなんて驚いたことだろう。フォード劇場の地下にはリンカーンに関するものが展示され、実際にリンカーンの射殺に使われた銃もあった。そこを過ぎると10メートルもあるかという本のタワーがあった。その本はすべてリンカーンに関する本で、彼に関する本がこれだけあるということからも、彼がどれだけ偉大な人だかわかる。リンカーン大統領やケネディ大統領など、アメリカの歴代大統領は4人も暗殺されているが、なんとも残念なことだ。
次は国立自然史博物館だ。初めに見たのはストロマトライトだった。これは一年生の時生物の授業で習ったので、実際に見ることができて良かった。ストロマトライトはシアノバクテリアの死骸と泥からなる岩石だ。そのシアノバクテリアが35~27億年前から存在していて、地球環境に変化をもたらしたという説が有力になっている。光合成によって酸素が増加し、オゾン層が形成され、地球に降り注いでいた有害な紫外線が減り、生命が陸へ上がる条件が整っていったとされている。
また他にも美しい鉱石がたくさんあり、大きなトパーズやアクアマリン、ホープダイヤモンドなどに目を奪われた。聞いたところ、ホープダイヤには呪いがあるらしい。100年以上前に発見されて以来多くの人の手に渡るが、ことごとく持ち主が不幸にあったそうだ。そしてこのダイヤモンドをニューヨーク宝石商のハリー・ウィンストンが100万ドルで買い取り、スミソニアン博物館に寄贈した。もともとの大きさは112.50カラットで今の大きさは44.52カラットだそうだ。今の大きさでもとても大きく美しいと感じたので、多くの人々が欲しがったに違いない。
その他にも魚や様々な動物などが展示されていたが、特に面白かったのは虫のコーナーだ。小さいころに図鑑で見ていた奇妙な虫を実際に見ることができた。例えば右の画像のコノハムシの一種。手のひらほどの大きさで、草に擬態して身を守っている。周りの友達は気持ち悪そうにしていたが、僕にとってはなかなか面白かった。タランチュラやサソリなどたくさんの種類の昆虫がいて、時間が足りないくらいだった。
次はナショナルギャラリーだ。僕は美術に関してどちらかというとあまり興味がない方だったが、意外に見ていて面白かった。素人目でも作家ごとに絵に特徴があったり、歴史的背景が絵にあることがわかった。特に宗教画はわかりやすい。主に聖書に書いてあることが題材になっているものが多く、キリストが誕生する絵などがいくつもあった。一つ一つ雰囲気違っていて、それは作者が想像で描いているからだ。また、フェルメール、ゴッホ、モネといったあたりは僕でも見たことがある絵がいくつかあった。知らない画家の作品でも見とれてしまうものもあったし、写真では絶対に伝わらないものがあるとよくわかった。
その後、国立航空宇宙博物館へ行った。飛行機等の展示だけでなく様々なものがあり、月の石もあった。触ることができなんとなく得をした気分だった。一番印象に残っているのはライト兄弟のコーナーだ。ライトフライヤーが展示されていて、驚いたのはコックピットがなく胴体にしがみつく状態で飛行していたことだ。ガソリンエンジンを動力にプロペラ二つを配置し、ローラーチェーンによって駆動したそうだ。彼らは自転車屋を経営しつつ研究を行っていて、チェーンを利用したのはそこからの知識かららしい。彼らの凄いところは、緻密にデータを集めてそれをもとに飛行機の改良を行っていったところだ。多くの研究者が失敗していたにも関わらず、科学的にメカニズムを解明していったのは素晴らしいと感じた。未知なることや不可能と言われていたことにチャレンジし続けるのには苦労が多くあったと思う。なかなかうまくいかなくても乗り越えた彼らを尊敬したい。
この後はショッピングモールで買い物と食事をし、ホテルに戻って終了。夜は疲れていて、すぐ眠りについた。
・四日目
ガイドのヨシコさんと記念撮影をして、ニューヨークへ向かった。ニューヨークはワシントンの落ち着いた雰囲気から一転して、人が多く活気にあふれていた。ただ歩いているだけでも面白そうだった。
昼食はオーガニックレストランへ行った。アメリカではテーブルごとに決まった店員さんがいて、仕事を奪ってはいけないから他の店員は手伝ったりしないそうだ。フードコートとはまた違って、チップにも苦労した。久々のヘルシーな食事で、とても美味しかった。右の図はcrab cake というアメリカの代表料理だそうだ。
午後は自由の女神をクルーズで見学し、中華を食べたあと、夜はタイムズスクエアを散策しブロードウェイでミュージカルを鑑賞した。この日はニューヨークの観光を満喫できたと思う。ミュージカルはやはり素晴らしかった。言葉はほんの少ししか分からなかったが、迫力に圧倒されとても感動した。英語がもっとわかるようになってから、ぜひもう一度見てみたいと思う。地下鉄もワシントンとは少し違っていて難しいと思った。宿泊したウェスティンホテルはすごく快適だった。
主に観光だったのでこれくらいにしておく。
・五日目
まずはセントラルパークを散策した。アメリカでは健康の為に走っている人が多く、この日はマラソン大会が行われていた。アメリカに来てずっと思っていたことだが、日本に比べてバスケットボールのコートや遊具がたくさんあると思った。日本とはそういったところも雰囲気が違うと感じた。
歩いて到着したのはメトロポリタン美術館。ここにはよく教科書にも載っているゴッホの自画像があった。油絵はやはり生で見るのと写真で見るのでは大きく差が出る。実際に見ることができて良かった。他にも「考える人」の像や、フェルメールなどの作品があった。
ここで昼食を食べたのだが少し大変だった。飲み物とハンバーガーを取ってレジに行くと英語で何か言われた。「何を言っているか分かりません」と言うとゆっくり言ってくれて、「ポテトチップがセットで無料だよ」というような内容で何とか理解することができた。いかに自分が英語を話せないかわかって少しショックだった。もっと英語が話せるようになりたいと感じた。
その後、アメリカ自然史博物館へ行った。ここで一番印象に残っているのは、ナイトミュージアムにも出てきたモアイ像だ。外人の方に頼んで友達と写真も撮れた。他にも石炭紀の頃の木の断面図や、シロナガスクジラの実物大の模型を見たり、月での自分の体重を測ったりして面白かった。また、英語が難しくてほとんど読めなかったが、様々な動物の生態が説明されていたり、インディアンの文化も紹介されていた。ここもなかなか広くてすべてをじっくり見ることはできなかった。お土産の場所では5ドルくらいのアインシュタインの薄めの本があったので自分に買った。時間があったら読んでみたい。
再び外に出て、ダコタハウスとIMAGINEの碑を見た。ジョン・レノンは仕事を終えて、ダコタハウスの前で車から降りた瞬間に射殺された。花を飾っているのはボランティアの方で、調べるとファンのアイルトンという方がしているそうだ。またこの広場の名はストロベリーフィールズといい、当時のNY市長だったエドワード・コッチ氏がジョンのバースデーに贈ったものだ。
その後一時間程度自由時間があった後、セントパシフィック大聖堂へ行った。短い時間だったが、荘厳な雰囲気だった。そしてロックフェラーセンターで夕食を食べ、展望台へ向かってこの日は終了。帰りは歩いて景色を楽しみながら帰った。
6・7日目
残すは10時間以上揺られながら帰るだけ。宿題を思い出して現実に戻った。今回の旅で得たものは知識はもちろん、様々なものに興味を持てたことだろう。今回の旅で得たものを無駄にしないよう、しっかり記録をつけたい。財団の方をはじめ、日比野教頭、鶴田先生、有馬さん、家族、その他多くの方にお世話になっての旅だった。本当に感謝したい。